クラブ結成20周年


茂木陽一
 

グルーパーボーイズは1989年(平成1年)1月に茨城で結成された。当時のメンバーはたったの3人だったので、JGFAにクラブ登録をすることが出来ず(クラブ登録には5人以上必要)、友人2人の名前を借りて入会した(笑)。当時から残るメンバーは私と日向だけである。それでもステッカーは1000枚も印刷した(まだ在庫がある@笑)。


 



グルーパーボーイズというクラブ名は1988年の暮れに北村秀行氏の経営する「ソッカイ」に行き、ジャイアントグルーパー(タマカイ)の大きな写真を見せられてビックリして思いついた。そのグルーパーは3メートル60センチで500キロと書いてあったと記憶している。 ボーイズとは「いつまでも少年の心」と言う開高さんの作品から思いついた。


 




1989年の活動は会員も少ないので遠征も釣りもほとんど私1人だった。石垣島&波照間島やコスタリカに遠征、また冬の那珂川で知り合いを集めてキャンプなどをやった。翌年の1990年もほとんど私一人の活動だった。2度目のコスタリカ遠征、そして毎度の波照間島遠征などなど。この頃から地元の那珂川にシーバス狙いで出かけるようになり、クラブ員が1人、2人と増えていった。鈴木斉は高校在学中のこの頃、グルーパーに入会した。大場さん、塚田さん、荒井さん(現ランカーズ店長)もこの頃の入会である。

 

初代ステッカー

初代Tシャツ

コスタリカ遠征(1989年、1990年)
フライでセイルに挑んだ

コスタリカ遠征(1989年、1990年)
ルースターフィッシュも釣った

コスタリカ遠征(1989年、1990年)
ジギングで釣ったヒレナガカンパチ

1991年は那珂川河口でシーバスパーティーを開催した。これが後のシーバストーナメントとなる。参加者は50名くらいで故吉本フィッシング編集長や則スポーツザウルス社長、北村秀行氏などに参加していただいた。この頃からクラブ員が続々と入ってきた。石垣島や小笠原に荒井君や永井誠一(現グルーパー副会長)と遠征した。永井さんと初めて会ったのは私が1983年から1986年まで住んでいた沖縄時代の1984年ごろ那覇の寄宮フィッシングセンターだった。以来ずっとコンビであちこちに磯釣りで遠征していた。




 












1992年は飛躍の年だった。まず4月にクラブ初の海外遠征。場所はトラック(現チューク)諸島で狙いはGTだったが、カスミアジやバラクーダ、サメの猛攻などでついに本命は釣れなかった。そして6月に第1回シーバストーナメントin水戸を開催、参加者は90名ぐらいだった。ゲストに北村秀行氏、村越正海氏などに来ていただいた。ルールはリリースを主体にしたもので数匹のシーバスにタグが打たれてリリースされた。そして7月にスリランカに遠征した。国内遠征はこの頃から頻繁に行くようになり、申し訳ないがどこに行ったか詳しく覚えてない(^^;




 












シーバストーナメントは翌93年、94年と開催された。来ていただいたゲストは若林JGFA事務局長、古山輝夫氏、二宮正樹氏、奥山文弥氏などだった。関西の松井謙二(現SW編集長)さんにも何度か来ていただいた。参加者は2回目が170名、3回目は250名を超えてしまった。あまりにも大きくなりすぎて継続が難しくなり、以後99年までこのイベントは開催されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1993年から96年まではスーパーディープジギング創世記で奄美大島に毎年6回以上通った。1995年に世界で始めて発売されたPEラインを使ったジギングビデオ(タイトル:スーパーディープジギング)は5000円以上もするのに記録的な売り上げだった。新しいゲームの誕生である。出演は茂木陽一、佐藤統洋、永井誠一である。以後PEラインを使ったジギングは日本全国、世界へと広がっていく。






 

 

 








クラブも結成5年後には会員数が50名を超え、10年後は100名を超えた。2008年1月現在で150名である。JGFA最大のクラブとして10年以上君臨している。あまりにも会員数が多く、現在は目立った募集はしていない。

 

チューク遠征(1992年4月)
クラブ員と行った初遠征

チューク遠征(1992年4月)
ついに本命は釣れず
スリランカ遠征(1992年7月)
洗面器で昼飯を食べる
スリランカ遠征(1992年7月)
豪華クルーザーと言われたが
南沙諸島遠征(1993年、1994年)
計4回行った。これはラヤンラヤン
南沙諸島遠征(1993年、1994年)
計4回行った。これはダラスリーフ
第1回シーバストーナメントIN水戸
(1992年6月)

90名が参加
第2回シーバストーナメントIN水戸
(1993年6月)

170名が参加
第3回シーバストーナメントIN水戸
(1994年6月)

250名が参加
第3回には空飛ぶシーバスも
第2代ステッカー
第2代Tシャツ
1996年6月奄美でカンパチ50キロ
1995年に出したジギングビデオ
1996年に出したジギングビデオ

もともとはシーバスアングラーが集まってできたクラブである。1997年には千葉県の富津や平砂浦を舞台にしてシーバスビデオも出した。鈴木斉君や吉成君が大活躍をした。

 

 

 

1994年からはPEラインを使ったGTゲームも開始。奄美大島を舞台に40キロオーバーのGTが次々と釣れ始めた。1998年には当時無名だった福井健三郎を加えてGTビデオも出した。鈴木斉、小西健滋、平松慶という当時若手バリバリのメンバーでGTビデオとして歴史に残る素晴らしい作品である。

1997年に出したシーバスビデオ
1998年に出したGTビデオ
1998年頃から海外遠征がぐんと増える。年に茂木だけで15回以上行くようになった。クラブ全体では30回くらい行っているだろう。


イベントも由比、外房、伊勢などで毎年開催されている。これも多くの仲間がいるからできることである。


そして夢を持つということが大切と常々思っている。


これからも楽しく夢のあるクラブとして結成30年を目標に歩んでいきます。






以下は最近3年間の思い出写真集です。

2005年
http://www.grouperboys.com/2005memo/gr_a.htm

2006年
http://www.grouperboys.com/photo_07a/2006memo/2006memo_a.htm

2007年
http://grouperboys.web.fc2.com/photo07/0712omoide/omoide_a.htm