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| ◇ 奄美で釣った50キロ日本記録のカンパチ 最初に断っておきますが、この魚とのファイトには私以外指1本触れていません。ヒットからランディングまで完璧なIGFAルールでやりました。もちろん最後までスタンディングです。 スーパーディープジギングが大ブームになりかけた1996年の6月、バレーヒル社でビデオを出すことになりその総本山「ワールドマリン奄美」に行きました。 アングラーは私とラグゼプロスタッフの永井誠一さん、バレーヒル(当時)の南知之さん、ワールドマリン3号艇のキャプテン山下(現滝澤)一美さん、愛知の本多敦子さんの5人。キャプテンは工藤忠生さん、クルーは泊君でした。 一日目は喜界島の南でGTとジギング、二日目から硫黄鳥島に向かい2泊3日の船中泊というスケジュールでした。ビデオを買われた方ならあの50キロのカンパチは最後に釣れたと思っているでしょう。ところが実際は初日に釣れたのです。場所は喜界島南、水深は160メートルでた。その時のタックルはロッドがマニューバースティック70M、リールがアブ8000C、ラインはディープワン4号、ジグはマニューバーダンサー10オンスでした。 その日は永井さんが絶好調、となりで5〜6キロのカンパチを立て続けにキヤツチしていました。私はこの日初めて使うロッドに少し戸惑っていてなかなかヒットしませんでした。ショートピッチをあきらめしゃくり幅を大きくした時にそのモンスターは私のジグに食いついてきました。ズルズルと200メートル近く走ってその魚は止まりました。ここまで根づれで切られなかっただけでも幸運なことですが、その後も数十メートル巻いてはまた数十メートルのラインを引きずり出されるという繰り返しでた。 10分ぐらい経過してからは海底すれすれをゆっくりと這うようになりました。相手も弱ってきたなというのは分かっていたのですが、何しろ初めてのロッドで怖くて強引なファイトが出来ませんでした。20分ぐらいそんな状態が続きましたが、やがて相手はヒラをうつようになりました。かなり弱ってきたようだったのでしたが、私のリールもドラグが擦り減ってしまったようでどんなに締めてもラインはスルスルと出ていってしまう状態でした。 40〜50分ぐらい経過してからスプールを指で押さえてポンピングしたところ、少しづつ相手は浮いてきました。そして残り50メートルぐらいになると急に軽くなり船の左舷前方約10メートルのところにその大きな魚体がドーンといった感じで浮上しました。私もその大きさにビックリしましたが、クルーの泊君もキャプテンの工藤さんも船上の全員が大騒ぎとなりました。当時ジギングで初の50キロオーバーとなりました。 |
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| ◇ アフリカのザンベジ川で釣ったタイガーフッシュ 1997年の9月末に13日間の日程でアフリカに行きまた。目的はタンガニーカ湖の巨大パーチとザンベジ川のタイガーフィッシュです。結果はパーチもタイガーも釣りましたが、パーチは目標としていた30キロオーバーを釣ることは出来ませんでした。 タイガーは難しく簡単には釣れないと聞いていましたが、4.5キロと5.5キロの納得サイズと1〜3キロの小型を5匹釣ることが出来ました。但しヒットはこの5〜6倍ありました。歯が鋭く鱗も固いのでフッキングが非常に難く、ヒットしても最初のジャンプでほとんどばれてしまいました。それでも初日4.5キロ、二日目に南アのレコードとなるスリースポットの3.7キロ、最終の3日目に粘りに粘って5.5キロをキャッチしました。あまりにも順調に釣れたので最後はうれしくて興奮してしまい数年振りかで手がふるえてしまいました。 |
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